002
 プリセット式マニュアルアンテナチューナー制作編
JR4PDP(内野忠治)
2011年6月20日
モノバンド用アンテナをバンドごとに張れるのが理想的ですが、住宅街のベランダから上げた1本の釣竿アンテナ
で全バンドに出たいと無理なことを考えます。ここで便利なアンテナチューナーを使用しますが、リレー式オート
アンテナチューナー(ATU)はその調整精度が粗く、思った以上にSWRが下がりません。それ以上に毎回チューニ
ング操作を必要とし、どんなに高速にチューニングしても、QSYがオックウになります。
マニュアルチューナー(MTU)は、どのバンドでも最適に調整可能ですが、チューナーを手の届く所に置いておか
ねばならず、そこまで引き込んだ、同調フィーダーがノイズを拾ったり、送信機の近くまでハイインピーダンスの
電界が出来てしまい、送信機へRFが回り込みやすいという問題がありました。
これらの問題を解決すべく、バンドごとに複数のアンテナチューナーを設け、これを屋外に設置し、QSYの都度こ
れらのプリセットされたアンテナチューナーを選択使用する方式のMTUを製作しました。
これにより、アンテナとMTU間の同調フィーダーが屋外だけとなり、とかく問題が発生する同調フィーダーの屋内
引き回しを避ける事ができ、かつQSYの手間が気にならなくなります。

アンテナチューナーの基本回路はいくつかの種類があります。T型はバリコンに高耐圧を要求されるケースが多々
発生しますが、整合可能インピーダンスが広い事で知られています。π型は調整範囲は狭いうえ、バリコンに大き
な容量がを必要としますが、バリコンにかかる電圧は比較的低くなります。
アンテナを色々と実験する場合、整合可能インピーダンスの範囲が広いのは便利ですので、今回は、T型で製作
を開始しました。しかし、完成度が上がると、沢山の問題点が出てきて、いくつかのバンドは、MTUをπ型に作り
変える事になってしまいました。以下、失敗例も含めて紹介します。


MTU基本回路図  
プリセット式アンテナチューナーとは、このMTUをバンドの数だけ並べて、リレーで切り替えようとするものです。
今回は14メガから28メガまでの5バンドをカバーすることにしましたので、MTUの数は最低でも5個必要とします。
しかし、私のアンテナは帯域幅が狭く、WARCバンド以外は1個のMTUでカバーしきれませんので、良く使う帯域
に限定したとしても、9個のMTUが必要となりました。
この為、高価なバリコンを18個も買う訳にもいかず、まずは、バリコンからの製作になりました。


ポリバリコンの製作

JW-CADで作成したポリバリコンの紙型(左)と切り抜かれたポリプロピレンシート。(右)
紙型をアルミ板やポリプロピレンシートに貼り付け、ハサミで切り抜きます。
目標最大容量は100PFです。
 

ポリバリコンの構造図。
名前が示す通り、絶縁材料として高周波特性に優れ、かつ安価なポリプロピレン(PP)シートを使用します。
純粋なPPシートは0.1mmの厚さでDC4KVの耐圧を有するとの事で、今回は0.2mmの厚さのPPシートを使用する
ことにしました。多少不純物が有っても、目標とするAC2KVは確保したい。
また、全ての空間距離は2mm以上を確保する事ととし、100W出力で安定動作を目標としました。空間距離2mm
は安全規格上はAC2000Vの耐電圧とされていますが、実力はAC2400Vくらいになります。しかし、後述するよう
に絶縁破壊との戦いの連続でした。
 
完成したMTUユニット。これは28MHz用。
 
0.3mm厚のアルミ板で作られたポリバリコン(PVC)を100円均一のまな板上に2個並べ、直径18mmのABSボビン
に巻いたコイルをマウントした28メガ帯用MTUユニット。
まな板は5mm厚のポリエチレン製なので、高周波絶縁は抜群。これを4分割して使用。
ローターとステーターの絶縁に用いるポリプロピレンシートはA4サイズクリアーホルダーで厚みが0.2mm。


MTU切り替えシステム
ブロック図と自作コントロールBOX。メーターは40年前のオスカーブロック製SWR計から取り外した物。
 
14MHz帯2個、21MHz帯3個、28MHz帯2個、18及び24MHz帯はそれぞれ1個、合計9個のMTUをシャックの中か
ら選択する装置を作ります。12接点ロータリーSWの選択情報を4ビットの2進に変換し、屋外のコントロールBOX
に4本の線で送ります。さらに拡張ビットを設けて、12個のMTUを2セット(全部で24個)の切り替えが可能な回路
に仕上げてあります。
MTUの選択は2回路1接点のリレーで行い、選択されたMTU以外すべて、アンテナラインから切り離します。


MTU実装途中のMTU BOX。
左側:左下にバラン、右下にダイオードマトリクスによる、デコーダー基板が見える。
右側:MTUを9個実装完了。
 
 
アンテナアナライザーを使って個々のMTUを調整(プリセット)します。
上から、中心周波数 28.5, 28.05, 24.93, 21.38, 21.22, 21.03, 18.10, 14,22, 14.03に調整。
ここで問題が発覚。このバンド切り替えはシャックからリモートコントロールされており、一つのバンドの調整
が終わったら、次のバンドに移る為、いちいちシャックまで戻らねばならない事です。
要改善項目ですが、優先順位は最後になりそう。
 
14MHzで出力を30Wまで上げると、スパークが発生。てっきり、ポリバリコンに使ったポリプロピレンシートがNG
かと思いチェックしてみると、機器内配線に使用されているビニール線が異極に接触し、こげていました。耐圧
100VくらいのLANケーブル用電線でしたので、やむなし。
PVCは設計通り2000V以上の耐圧を確保できているようで、放電した形跡は見つかりませんでした。
 
対策は、空間距離を確保する為にワイヤーを固定したり、ワイヤーを絶縁材の厚みが2mmもある同軸ケーブル
の芯線に変更しました。T型MTUの最終形態です。
 
完成したMTU。右側の空間は将来の増設スペース。
24MHZで50W送信すると、14MHz用MTU当たりからバリバリと音を出しながら白い煙が上がります。
28MHzでCWで100W送信すると、SWRが無限大になります。どこかで放電しています。調べると、リレーの内部
のようでした。耐圧の高い手持ちのリレーはありませんので、MTUの位置や同調フィーダーの長さを調整して、
なんとか100W連続送信でも問題のない状態にカットアンドトライしました。
 
数日使っていましたら、突然21メガでSWRが無限大になりました。 再調整して暫く使用していると又同じ現象が
生じます。この現象は以前MLA(マグネチックループアンテナ)で経験があります。
どこかで絶縁破壊が起こったときの症状です。連続出力やSSBでは発生しませんが、CWで時々発生します。
起こった場所を推定するとリレー内部の接点とコイル間が疑われました。リレーの仕様を調べると、接点とコイル
間は1500VACとなってました。もっと早くチェックすべき仕様でした。

結局、リレーの耐圧を改善するしかなく、秋月で手配した耐圧5000Vのパワーリレーに交換することになりました。
左が今までのリレー。 右が5000V耐圧のリレー。
 
リレー交換と同時に、同調フィーダーを自作品からUHFメガネフィーダーに変更し、天候による変動を小さくした為、
同調フィーダーの長さの再調整が必要となりました。10cm刻みで確認しますが、全バンドが調整可能になる長さ
の誤差は20cmくらいでした。この調整完了までに、14メガと21メガ用MTUのコイルも巻き直す必要がありました。
また、この機会に、シャックに戻らなくても全バンド切り替える事が出来るスイッチを追加しました。
 
 
MTU、ATUに限らず、同軸ケーブルへのコモンモード電流阻止フィルターは絶対条件。
8芯コントロールケーブルにも、コモンモードフィルターを挿入済み。
 
完成して、使ってみると、バンドや時間帯によって差がありますが、ノイズが最大でS2程下がりました。
水平に張っていた同調フィーダーが無くなった分、ノイズ量が減ったようです。また28メガでは、今までRST319
くらいしか聞こえなかった信号がRST559くらいまで改善しました。
指向性がまともになったみたいで、横を向けた状態でコールしても取ってもらえなくなりました。
さらに、100W送信しても、28メガ帯でのRFフィードバックは無くなりました。そして最大の効果はRFのかぶりで全
く使い物にならなかったTS-850Sが全バンド使えるようになった事です。

しかし、良い事だけではありません。
高い周波数ほど、機械的ガタがシビヤに効き、ちょっとした衝撃でチューニング状態が狂ってしまいます。
作ってから、経時変化があり、数日に一度は再調整が必要です。
また構造上、機械的なバックラッシュとボディーエフェクトがかなり有り、調整に難儀しています。

リレーの耐圧が上がった分だけ、リレーのサイズが大きくなり、一番下側のスロットにMTUが収まりません。
結局縦一列に11個のMTUしか収納できなくなりました。また、右側はローバンド用とした為、コイルの直径が大き
くなり最大で8個しか収納できない事になりました。

ハイバンドが完成したので、10MHzから3.5MHzまでカバー範囲を増やすことにしました。アンテナは7MHz用垂直
ダイポール1本です。 ところが、この増設が問題を続発させ、最終的にローバンドはπ型MTUに作り変える羽目
になってしまいました。

右側のスペースにスロットを追加し、ローバンド用MTUを増設できるようにしました。
右上のMTUは3.5メガ用、また左側に7メガ用と10メガ用MTUを追加しました。
トラブルの発端はバランです。
 
一番下に見えているのがクランプコア(パッチンコア)によるバランです。50Ωの同軸ライン以外でバランを作る時
は、一般に磁気飽和を避ける為、フェライトバーが良く使われますが、私は、過去からクランプコアで作ってい
ます。磁気飽和が発生する場合、コアとコアのギャップの部分に紙を挟んで調整しています。今回もこの状態で作
ってありました。7MHzで100W送信すると、SWRがどんどん上昇します。バランが臭くなるほど発熱していました。
どうやらバランが7MHz付近で共振しているようです。バランを2年間の実績がある物に交換しました。
バランは全バンド共用ですので、14MHz以上でも影響を与え、MTUは再調整が必要です。
再調整後、18MHzで突然SWRが無限大になる絶縁破壊の現象が発生しました。調べると、ポリバリコンのPPシー
トに穴が開いていました。
 
とうとうポリバリコンも絶縁破壊するに至りました。マッチングする範囲が広い分、バリコンにかかる電圧もいつ
のまにか数千ボルトになっていたようです。一方、3.5MHzもバリコンが絶縁破壊します。
ローバンドの場合、同調フィーダーの長さを変えてバリコンにかかる電圧を抑制するような対策がほとんどできま
せん。やろうとすると10m単位で長さを変えねばならなくなります。従い、電圧を低くできるπ型MTUに変え、調整
範囲は我慢することにしました。
また、バリコンが絶縁破壊した18MHzもπ型に変更したところ、調整範囲が極端に狭くなって、なかなか合わせ込
みができません。このバンドはアンテナが1000Ω以上のリアクタンス成分を持っていますので、T型もπ型もバリ
コンにかかる電圧は大きな差が出ません。結局、耐圧はまた同調フィーダーの長さを調整して逃げることにして、
18メガは調整の容易なT型に戻しました。


π型に改造したMTU。これは7MHz用。バリコンはローター4枚、ステーター5枚の構成。
最大容量は130PFです。当然容量不足ですので、固定コンデンサを追加して使います。ローターをGNDにして、
両PVCのローターは裏側で接続してあります。これによりボディエフェクトがかなり改善されました。
 
ハイバンド用9個のMTUを左側に、ローバンドの3個のMTUを右側に配置し、周波数の低いバンドを上にして順次
並べ替えました。この状態でハイバンドのどのバンドでもバリコンの電圧が2000Vを超えないように同調フィー
ダーの長さを調整。(手作りフィーダーで約2m延長した)。バリコンにかかる電圧は調整完了状態でのバリコ
ン容量やコイルのインダクタを目安にシュミレーターでおおよその電圧を知る方法を取りました。
ローバンド側は80mバンド用3個、40mバンド用2個のMTUを想定しているので現在は隙間だらけ。
 

アンテナチューナーは回路方式やアンテナの状態によって電力ロスを発生させます。特に数Ωのアンテナに整合
させようとしたとき、場合によってはそのロスが80%を超える事もあります。
今回のMTUは3.5メガ以外、5%以下になるよう定数を決めましたが3.5メガだけは、20%くらいのロスがMTUの中で
発生します。これは、短縮アンテナの宿命であり、ロスを小さくしたければ、大きなアンテナに変えるしかないと諦
めています。
ローバンドの調整のとき、アンテナアナライザーを使うと実際の送信の時と、整合状態が違ってきます。原因は
同軸ケーブルに追加したコモンモードチョークの効果がローバンドで不足し、同軸ケーブルを接続した状態と
アンテナアナライザーだけを接続した状態で条件が異なることによります。トロイダルコアによるチョークを
2段にして解決しました。

実際の運用状況ですが、国内QSOの多い7メガは従来よりSふたつ受信感度が落ちました。ノイズも同時に落ちて
いますので、S/N比は変わりませんが、JCC移動局をコールしても他の局に取られる率が高くなりました。逆に、
東南アジアやWに対しては、パイルになっていても取ってもらえる率が上がりました。特に南太平洋に対しては、
ほとんど1回のコールでコールバックがあるようになりました。10メガは交信回数が少なく、まだ評価できる
状態ではありませんが、打ち上げ角は低くなったはずですので冬場に向け期待する事にします。
3.5メガは、国内、DXとも従来より応答率が上がりました。チューナーによるロス以上のロスが同調フィーダーに
あったようです。


このMTUを全長16mのループアンテナに接続し、14メガから28メガまでカバーさせています。
また、全長19mの垂直ダイポールに接続して3.5メガから10メガまでカバーさせています。
釣竿に沿って張られた垂直ダイポールとループアンテナ。大きなループが14-28メガ用、小さなループは6m用
ヘンテナ。 右側は6m用整合トランス。  
 
ちなみに、6m用アンテナは同調フィーダーとインピーダンストランスによる整合回路で、バリコンやコイルは一切
使用しておりません。構造は簡単で、アンテナからUHFフィーダーを引きおろし、手の届く位置でインピーダンス
最小になる所を見つけ、ここに、アンテナのインピーダンス(今回の例では78Ω)を同軸の50Ωに変換すると同時
に平衡、不平衡変換するトランスを挿入してあります。
このような整合システムの最大の利点は、アンテナシュミレーターで最適な寸法を決め、その寸法通り作って、マ
ストに上げた後、手の届くところでアンテナの調整が出来ることです。アンテナを自作すると、何度もマストや屋根
に登らねばなりません。これがいやで、二の足を踏んでいる方も多いと思いますが、それを解決出来る手段です。
今回のプリセット式MTUもこの延長線上で作る事にしたものです。

このアンテナシステムは、雨が降ると共振周波数が低い方へずれます。ひどいときはSWRが3を越えてしまい
ます。これはアンテナチューナーの問題ではなく、釣竿とワイヤーによるアンテナそのものの構造の弱さと、
同調フィーダーの防水の問題です。手動でQSYの度に調整していた時は、これらのずれを含めて調整していま
したから問題にならなかっただけです。完全に実用に移すには、まだまだ改良を必要とします。
今回は、雨が降ってSWRが下がらなくなった時は、従来の屋内引き込み用同調フィーダーでの給電にリレーで
切り替える事が出来るようにし、とりあえず逃げました。