会員トピックス回想録(SH時代)

シャープ時代の回想録

〜 緊急プロジェクトの記憶 〜

河内 厳

 シャープでの波瀾万丈な38年間の中でも、ひときわ印象に残っているのが「社長直轄緊急プロジェクト」で過ごした日々です。当時のシャープは、名札の色ひとつにも組織の厳格さを感じさせる、ある種の軍隊的な文化を持った会社でした。金、銀、青、赤――その階級を象徴する色の中で、私が身につけた金バッジは、“緊プロ”(通称)に参画するメンバーとしての証。そして、それは他とは異なる特別な舞台への招待状でもありました。

 札の写真は、1993年のPHS事業化プロジェクト(A1169)当時のものです。さらに1998年には、携帯電話の第3世代開発(D002)にも再び緊プロの一員として参加する機会を得ました。 
公開情報の範囲内で、緊プロの特長を3つ挙げると以下のとおりです。
1)本社が直接予算を拠出(事業本部は数年後の“出世払い”で可) 
2)全社横断での組織編成が可能で、部門間の垣根がない 
3)将来の中核人材を見極める“登竜門”としての機能も兼ね備えている 

 これだけの支援を受けている以上、結果を出さなければ正直、様になりません。プレッシャーは非常に大きく(今なら○○ハラと言われかねない場面も多々ありましたが笑)、だからこそ多様な人との関わり合いを通じて、人は間違いなく鍛えられ、成長するのです。

 “会社が本気で自分を育ててくれる”――こんなありがたい機会は、そうあるものではありません。遮二無二に挑むか、重圧に押しつぶされて終わるか。その差は、ひとえに個々人のマインドセット次第。私自身、商品企画という立場で多くの経営幹部から直接ご指導いただけたことは、まさに自分のキャリアにおけるかけがえのない財産となりました。

 この時代のシャープには、緊プロに限らず、事業部にも一定の裁量が認められており、本社の目をかいくぐって果敢な“冒険”も可能でした。各所で「目の付け所」の勝負が繰り広げられていたのです。

 時代は移り変わりますが、“温故知新”と“原点回帰”の精神を胸に、今後のブランド事業のご成功を心より祈念しております。 


〈コードレス電話から、移動体通信時代へ〉
NTTパーソナル パルディオ102S 1995/6

・業界初のリチウムイオン電池を採用(なんとも挑戦的!) 
・重量95g、容積98cc(水に浮ぶのではないか!)
・連続待受時間 約400時間(本当か?何かの間違いでは?)
他社は約100時間、一気に4倍という衝撃

開発チーフのHさんをはじめ全員が徹底的にこだわった。そして私も悪乗りした。 加えて、中継器のホームアンテナが販促用に大量配布され、これが事業的にも思わぬ利益に。今思えば、通信の転換期を最前線で駆け抜けていたのは間違いない。 



〈通信は3Gへ~NTTドコモ参入〉NTTドコモ FOMA SH2101V 2002/7 

それがSH2101V(開発コード名:Mulin)である。単身赴任で幕張に移り、相談役から幾度も助言をいただきながら、開発に全力を注いだ。幕張から遠く離れた横須賀のYRP(NTTドコモR&Dセンター)にも何度も足を運んだ。後発で経験の浅い私たちに、惜しみない支援をくださったYRPの皆さんのご厚意は、今も忘れ難い。  

3G対応ザウルスOS搭載PDAにBluetoothハンドセットを組み合わせた唯一無二の「オンリーワン」な製品。ただ、すべてが初めて尽くしで開発は大幅に遅延、コストもかさみ高額商品に。リスク管理の甘さから商機を逃したが、私にとっては深く記憶に残る挑戦作である。挫折の中に、後の糧となる学びが詰まっていた。


 今回から、「シャープ時代の回想録」と題して、新しいコンテンツを企画し、河内さんに原稿を作成していただきました。下記コメント欄に、気軽に書き込みをお願いします。(例えば、「私も〇〇の開発をしていました。あの時は毎日残業続きでソフトエラーが続出! 大変でしたが、今となっては良い思い出です」など)

できれば「シャープ時代の回想録」シリーズ化したいと思っています。
社友会会員の皆様からも幅広く原稿を募集します。募集内容の詳細は下記をクリックしてみてください

コメント

  1. 日比 慶一 より:

    A1169、D002は、どちらも聞き覚えがあります。後者は正確にはDプロ(確か「大規模」の頭文字のD←このあたりも当時のシャープらしい)でしたよね。その節は大変お世話になりました!とてもとても懐かしいです!